2006年09月28日

中仙川遊歩道 その2

さらに住宅街を歩いていると、歩道から中央高速道路が見えてきた。
家と家の間を抜けると畑があり、中仙川遊歩道の標識が立っている
さぁこの先はと期待しながら探すがどこにも見あたらない、まさかここで終わりそんな訳ないと二人は懸命にさがすが無かった。ここで中仙川遊歩道の旅も終わり?そうです終わりです。後で三鷹地図を調べたがありませんでした。
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まぁ初めての散歩旅はこんなものでしょう。この後高速の下を新宿方面に歩いていると左手に神社がみえてので休息!CIMG0293.JPG鳥居をくぐると左に小さな鳥居に富士嶽神社と書かれていて富士山の形をした石が鎮座している。その奥には厳島神社と書いてある小さな社がありました。

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さらに奥に本殿があり何か歴史を感じられる社殿です。
創建は不詳で古くは稲荷社と呼ばれていたらしい。
弘治3年(1689年)戦国時代小田原北条氏康の時代に麻生某が稲荷明神として勧請し延宝3年(1675年)大社宮を建立
明治6年(1873年)村社とし中嶋神社と改称
祭神は五穀豊穣・金井安全・産業振興で宇迦乃魂命
宝物は新田義貞奉納の手旗或いは大将旗を保管
鎌倉末期 元弘3年(1332年)5月人見原合戦又は金井原合戦とも呼ばれ深大寺城(別の機会に詳しく話します)に立てこもった鎌倉北条氏と新田方の左翼の大将 篠塚伊賀守[参考資料]とが戦ったおり、伊賀守は三鷹新川の不動堂に戦勝祈願として奉献したとあるが、これの事か?
今から680年も前のこととはいえ新田方の武将達の鼓動や鯨波が聞こえる。
休息した後帰宅する為に歩いていると「なんだろう?」と足をとめてみた。
それは住宅と住宅の間を抜けている路地です。しかしどうやら私道ではないみたいで、しかも家の裏側を通っていて、人が通るのがやっとで、遊歩道でもありません。家々の庭先を眺めながら進んでいると、色々な音が聞こえてくる。赤ちゃんの泣き声、テレビの音、子供の声、台所の音、なかにはピンポンをやっている音も聞こえてきた。なにか迷路に入ったかんじです。
人は我々以外まったく会いません。日も暮れて一層不思議な空間に迷いこんだようで、なんかCMにありそうな情景です。全長約2kぐらいの路地裏ワンダーランドて感じでした。小さな散歩旅は楽しい
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<続く>
posted by 爽崖 at 16:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする